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それでも、空はつながっている


 終わりがあれば始まりがある。
 始まりがあれば終わりが。

 もう時間がやって来ていると思った。遠いと思っていた空から暁角が聞こえている。
 たぶん、どちらもそう思っていた。
 この心の臓を鷲掴みにされるような嫌な感覚が、ざわざわ肌を侵食し始めている。止めようと思っても止めることはできないものであることをふたりは自覚していた。この世界の時計はすべて砂時計であるように、零れ落ちた砂を再び天上に戻すことは出来ないのだ。ふたりはもう違いすぎてしまった。
 異なる思いと異なる道、同じ空に同じ世界を望んでいるのにふたりの線はもう一度交わろうとはしなかった。
 何度もそれを感じたけれど、彼らは軌道修正をしようとは思わなかったのだ。
 ふたりは泣きじゃくるだけの子どもではない。抱いてきた信念をぽきりと曲げられるほど大人でもない。
 そしてそのままここまで来てしまった。
 何より悩んで悩んで悩みつくしたおかげか、ふたりでいたあの日々を後悔していない。この時間がもうふたりでいる切れ目だと知っているのに、ちっとも恨めしい気持ちが湧き上がってこない。どうしてか爽やかな朝に暁光を見たときのような、清清しい気持ちがふたりを包んでしまっている。

「…スザク」

 いつから彼は自分が“ゼロ”だと知っていたのか。

「ルルーシュ…」

 いつから彼は自分が“ランスロットのパイロット”だと知っていたのか。

 そのどちらもここまで来たらどうでもよいことのように思われた。
 たゆたっていた空気の泡がもうすぐ淡くはじけてしまう。

 それを思うとほんの少しこころが痛んだ。
 お気に入りのおもちゃが壊れる様を見て、ましてや何よりも慈しんできた黄金に輝いていた時間がぼろぼろ壊れ落ちていくのを見て、人間が哀しまないはずはない。人間は壊れていくものに憐憫を向ける生き物だから。失うことを悔やむ生き物だから。どうせこの世にある物は朽ちていくのに。それをわかっていても、何度も哀しんで涙を流す。

 けれど、と唇をかむ。

 もう、ふたりはここまで来ているのだ、来て、しまっているのだ。

 ぬるま湯のような優しい揺りかごからは既に振り落とされていると思っていたのに、まだまだ揺りかごの中で生きていた甘さに反吐が出てどちらも顔を歪ませた。まだ捨てきれない甘さ、優しさ。
 生まれた国に捨てられて、反乱分子の長となるときに修羅の道を歩むと決めたはず。
 心ならずも生まれた国を捨て、軍人として皇帝に忠誠を誓ったときに茨の道を歩むと決めたはず。
 壊れていく大切な時間、けれども何故か清心な空気。相反している。

 人間とはそういうものだ。
 ムジュンだ。
 いつだって矛盾を抱いて、喚いて、縋って。 それをみっともないと蔑むなら蔑めば良い。
 みっともない醜態をさらしても、ひとは生きてゆけるのだ。
 何故なら己の道を模索し、間違え、歩みを止めることはあっても後ろに下がることはけしてないから。
 留まることを知らない、この世の生き物はすべて。
 時の奔流が生き物の背中を押し続けているから。


「……俺は、」

 長い睫毛が影を落とす。
 これ以上、偽る必要はなかった。いくつも被っていた仮面の、最後のひとつが剥がれ落ちる。

「俺は忘れない」

 スザクが澄んだ翡翠を紫紺と合わせる。
 彼とこうして視線をあわせる偶然が、何と心地よいものだったか。
 それは何と奇跡に近いものだったか。
 スザクは何も言えずに、ただ押し黙っていた。
 紫紺のひとみの持ち主は浅く息を吐き出して、緩く微笑む。

「お前がこれからどんな相手を好きになっても、どんな相手と結婚しても、どんなに遠いところに行っても、お前がどんなことをしても、お前が俺を忘れたとしても」

 誓約のようだ。
 ことばは魔力を持つというけれど、それは真実だ、絶対に。
 うん、とスザクが頷いたのに押されてルルーシュは晴れ晴れといっていい笑顔を彼に向けた。

「俺はお前がいた世界をわすれないよ」

 ああ、なんて清浄な笑み。
 誰が彼をゼロと一緒にするだろう。
 こんな笑顔をする人間が、この世に存在すると思うだろう。

「僕、は」

 思ったより掠れた声で、スザク自身が驚いた。
 もしかしてこの空気に圧倒されているのかもしれない。だってふたり以外の誰にも侵されないような真っ白い空気が満ちている。
 そう思うと我ながら臆病だな、とくすりと笑みをこぼした。
 それでも言うべきことはある。
 わかっていてほしいことがある。
 そう、彼が言ったように。
 彼のことばを返すように、知っていてもらいたいことがあるのだ。
 スザクは翡翠のひとみを、声を、震わせないようにと気をつけて、柔らかな風が吹いてくれるようにと祈りを捧げる。

「君に僕以上のひとがいないように」

 そうだ。
 いない。彼にはいない。
 彼を形作った、彼の命のような存在はいるけれど、彼にはスザク以上の人間はいない。
 この先存在しない。

「これから先、僕にどれだけ大切なひとができても、俺には君以上のひとは現れない」

 アメジストが光に透けてしまうように感じた。
 それは幻想だけれど、確かにそのアメジストが揺れた気がした。
 伝わっているだろうか。
 けれどスザクはそれを愚問とわかっていた。

「忘れたりしない。死んだって忘れない。俺が君を選べなくても、君が俺を選べなくても、それだけは永遠に変わらない」

 不変なものなんてない。
 でも、君がいたという事実が永遠に変わらないように。
 彼らにとって、彼ら以上の存在は現れ得ない。
 確かな確信だった。
 泣きたいぐらいの、大きな声で笑い出したいぐらいの確信だ!

「馬鹿だな、俺たち」

「うん。大馬鹿だ」


 この時間が終われば、ふたりは確実に離れてしまう。
 もう同じ時間を共有することはないのだ。
 それを悔やんだりはしない。
 同じ時間を共有することはないし、片方は潰えてしまうかもしれないけれど、

それでも、空はつながっている