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白がかくさないもの

 “その日”は何でもない一日だった。
 偶然、ルルーシュが風邪を引いて休んでいた、それだけ。
 それ以外は何も変わらない学園風景。
 それだけといわれても、スザクにはルルーシュが風邪でダウンするなんて一大事だ。頭脳派で体力自慢というわけではない細身のルルーシュは先頃はやっている風邪にやられてしまったらしい。つい先日は授業中、ごほごほと咳き込んでいるものも多かった。教室に不必要なまでに蔓延した風邪菌はスザクの大事な友人に襲い掛かってしまったというわけだ。
 スザクは携帯を持ち合わせていない。それなのに、朝のうちからどうして知れたかというと、それは同じ生徒会役員のリヴァルの存在である。登校してきたスザクに一目散に駆け寄って、「見てくれよ! これ! ルルーシュが休みだって!」とルルーシュからのメールを顔面に見せ付けられた。


sub:おはよう

今日は風邪を引いたから休む。
先生には伝えているから、あとはミレイ会長にでも伝えておいてくれ。
手間をかけさせて悪いな。


 リヴァルの携帯にやってきたメールでルルーシュの風邪と欠席のことを知ったことに多少嫉妬のようなものを感じたけれど、この手の感情に対して諦めることには慣れている。でなければ、周囲とつきあっていけない。
 人は総じてそれが特別に大切な存在だからというわけでなく、自分とある程度の関係を築いている相手が別の相手と自分のあずかり知らぬところで関係を結んでおり、しかもそれを見せられたら気持ちが穏やかでいられなくなる。相手への独占欲がそうさせるのだろう。人間はこの世の生き物の中で最も難解で多色な感情を持つ、多細胞生物だ。
 しかし、穏やかでいられなくなるとはいえど静かな海に小さなさざ波が立つ程度のもので、子どもではないのだから大騒ぎするものではない。実際、ちり、とスザクのこころのうちが疼いたが無視できる範囲だった。

「ルルーシュが風邪を引くなんて珍しいよなー」

 リヴァルのことばに曖昧に頷きながらスザクは今日も変わらぬ学園生活を過ごした。
 地理の授業中、ふとルルーシュがいつも座っている席を見た。誰もいない。当たり前だ。今日は彼は休んでいる。
 彼という存在はこの学園でも大きい。本人は気づいていないようだが、ルルーシュが廊下を歩けば十人のうち九人はルルーシュを振り返る。こそこそとルルーシュのことを囁きあう。それは友好的なものもあり、批判的なもの、嫌悪、賛辞、さまざまだった。ひとが万人に好かれるわけではない。だが万人に影響力を与えることのできる、太陽のような光り輝くカリスマ性を備えたルルーシュはその容姿も相まってこの平凡な学園で際立っていた。
 特にルルーシュがスザクといるときはとても目立つ。ルルーシュが以前「友達宣言」をしてくれたおかげでセットで有名になってしまった。
 スザクは自分がいじめられるだけなら、まだいい。我慢できる。
 落書きをされたり、物を隠されたり、唾を吐くように放られた罵詈雑言にこころが痛まないわけではなかった。敵意を向けられるのはひとりの人間としていつだって好かない。すべての人間という人間に好かれるとは微塵も思っていないが、敵意ばかりの氷の世界に住みたいとは思わない。…自分でその道を選んだのだとしても。
 しかし、ひとは慣れることはできる。痛みにも、悲しみにも。
 だがその矛先が自分の関係者に向けられることを何より怖れている。
 そのことをオブラートにルルーシュに告げたが、「諦めろ。あれだけ大勢の前でお前を友人だと言ったんだ。なら、それに背かないようにするまでだ」と何でもないようにけろりと言われた。
 ルルーシュのあっけらかんとした返答に苦笑し、そして安堵を覚えた。

 ああ。
 失わなくていい。
 ここにいてもいい。
 もう一度、笑い合える場所に、還ることができる。

―愚かな。ひとたび、元の居場所に還ることができる道を、お前は歩いていない。
―けれど人間はひとりきりでは生きていけない。熱も感情も持たない人形のように、生きてはいけないのだ。

 軍人としての側面がそれを攻撃したが、まだ平凡な側面が擁護する。それこそ愚かな論争が、スザクの体内で密かに行われた。もちろん学生としての側面はそれを表には出さない。けして、崩さない。この平穏を崩そうとは、スザクの中のどの側面も思っていない。スザクの内の、核からの指令に背こうとはどれも思わない。



( あ……鳥だ )



 ゆるゆると、ルルーシュの座席から視線をあげ―そうしなければ思考の海に沈んでいきそうだった、それも取り返しのつかない―スザクの碧玉は青い空を横切る黒い点を捉えていた。
 自由に飛翔しているように見え、その実、たいして自由ではない旅を続ける鳥。翼を折られればあっけなく命を落とすそれは、考えてみれば脆い。ひとの手に届かぬ天空を駆けながら、ひととは違い、いったん道を間違えれば待っているのは残酷な運命、すなわち死だ。
 野生の動物は等しくこの運命を背負っている。間違いが赦されない。常に選択をつきつけられる。
 生か、死か。
 科学が侵食している今では野生が残っている大地など少ないだろうが、真に平等な世界を生きているのは彼らだ、きっと。
 だが、弱肉強食の世界に生きているというのに、どうして、彼らが平等だというのだろう。
 平等じゃない。だって強い奴に喰われる。捕食者の捕食者は常に在る。
 しかしその捕食者も常に何かの危険に晒されている。それではやはり平等なのか。ただ一方的に捕食される存在は? 守られもしない、自衛できない、ただ運の力のみで生きる存在は?
 また矛盾が生まれる。
 思考するたびに矛盾が生まれていく。
 矛盾がまた矛盾を呼ぶ。謎が謎を呼ぶように。
 お仕着せな理由を適当に押し付けて、逃げようとするとまた新たな矛盾が浮かび上がってくる。
 どこかで警報が鳴っているような気がした。

 ここで、止まらなければ。
 足を踏み出してはならない。


 ああ、それなのに。


 青が赤に見える。
 鳥が針に見える。
 慟哭。影。炎。足音。
 壊れた人形。声。どろりとした何か。
 穴倉。視線。視線。視線。
 悪意。恐怖。嘲笑。涙。




 気持ち悪い。


( ああ、だめだ、だめだ。
  今日はぜんぜんだめだ。
  いつもの“僕”なら、ここまでふかくはいりこんだりしないのに。 )

 どうしてか、今日は胸が火であぶられたように痛む。
 今日は特派に申し付けられた軍務もないのに( ランスロットに乗って人を殺さなくてすむのに )
 強迫観念に駆られるものはなにもないのに( 今日は学生として過ごしていいのに )
 何もないのに、総毛だった恐怖がじりじりとスザクに迫っていた。


( あいたい。あわなくちゃ、いけない。あわなくちゃだめだ。あいたいあいたい )


 安心させて欲しい。あの声で、だいじょうぶだといってほしい。
 傍にいるからと、傍にいてもいいと。
 自分をあのむらさきに映して。
 自分の姿を確かめさせて。
 世界の影ではないと確信させて。

 おざなりの、授業の終業を終える鐘が鳴ると同時にスザクは後ろから声をかけている友人の声を放り出して駆け出していた。
 スザクは走った。彼はその俊足を惜しげもなく使った。途中で誰かとすれ違ったけれど気にも留めなかった。これは早くしなくてはならないことであった。他のことに気を取られてはいけない。時間を無駄に使ってはいけない。会わなくてはならなかった。声と姿を確認しなければならなかった。それが彼の負担になることなのだと、スザクの理性が告げていたような気がするが、本能がそれを吹き飛ばした。
 そうしなくては、スザクの地盤が沈下する。もともとそんなに硬いものではないのに、砂の城のようにあっさり崩れて風に攫われてしまう。元に戻すことも、直すこともできない。
 一思いに死ぬより、それは、おそろしいことであった。じわじわと苦しめられてそれでも、生かされるのは、血をうしなって意識が途絶えていくよりもおそろしい。肺に穴が開いて、それでも呼吸をしなければならない苦しみに似ている。
 息継ぎをしなければ、ならないとスザクは思った。
 息は上がらない。軍人として訓練を受けたおかげか、皮肉なことにこんなに必死になって走っているのに、苦しくはなかった。
 ただ、こわかった。こわくて心臓が唸っていた。血管が皮膚の下でうごめいていた。
 クラブハウスに着くとスザクは常日頃の礼儀正しさも見せず、両開きの扉を叩いた。ベルがあるということはすっかり頭の中から抜け落ちていた。力任せにどんどんと叩いた。それこそ扉が痛みで悲鳴を上げるぐらいに、叩き続けた。
 それなのに、誰も出てこない。
 スザクの臓腑が冷えるのを感じた。
 胃がせりあがってくる感触に我を忘れ、彼はもう一度叩く。
 吐き気がした。

 誰か、誰か。
 誰かじゃない。
 誰かじゃない、名前がある、大事で綺麗な。
 たすけて。
 お願いだから、

 頭が混乱して、目の前が真っ暗になったような錯覚に陥ってくる。まだ昼前なのに、スザクのあたりは暗かった。当たり前のように頭上にある陽の光も熱も用を成さなかった。この冷たい扉は開かない。スザクを拒むように目の前に突っ立っている。

「る、ルーシュ! ルルーシュ!」

 絶望に満ちた声が辺りに広がる。
 そして静かに空気に溶けていった。

「ルルーシュ!」

 もう一度彼は呼んだ。
 叩いた。
 何度も叩いた。しまいには血が滲むほど叩いた。
 けれど何の反応も返ってこなかった。
 無情なまでに白い扉は、沈黙を守り続けた。

「…………ルルーシュ……」

 白い扉に赤がついたとき、ようやくスザクは叩く手を止めた。

「………」

 真っ白な、扉。
 丹念に掃除されているのか、汚れ一つ、傷一つ、ついていない扉。
 その扉に今しがたついた汚れが目映くひかる。

( 何を、しているんだろう )

 自分の立ち位置がうまくつかめない。
 赤いそれが目に映る。脳裏にはそれだけ。
 赤い記憶。障子が見えた。断末魔は聴こえない。

 スザクはきゅっと目を閉じて、息を整えようと試みた。
 暗いけれど、目映い陽の光を見るぐらいなら、瞼の作り出した闇を感じているほうがいい。白い何かも見たくなかった。白も赤も青も全部、目に入れたくなかった。
 考えるな。何も。
 否、何でもいい、何か他のことを考えてみればいい。
 楽しいことを考えよう。
 深呼吸をして、知り合いの顔を浮かべる。

 変だけど人をよく観察できる、ロイド・アスプルンド。
 この人にはよく迷惑をかけてしまう。そして時におそろしく思う。何でも言い当ててしまう、あのひとみにはいつまでも慣れない。暴かれてしまいそうな恐れを常に抱いている。だが、今の自分に目に見える力を与えてくれたのは、他でもないあの人だ。伯爵という貴族の中でも高位にいるのに、それを鼻にかけず、イレブンであるスザクにも平等に接してくれる、数少ない人。
 そしてまた、スザクを分け隔てなく接してくれる、時にロイドを鉄拳制裁することさえできてしまうのがセシル・クルーミー。母性のようなあたたかさでスザクを迎え入れてくれる。そして上官であるロイドの後始末とフォローはすべてこの人が行っている。ちょっとした悪癖があるが、それはご愛嬌というところだろう。

( ああ、そういえば、セシルさんがくれた差し入れ。あれはなかなか強烈だったなあ。まさかアレにアレが入り込むとは誰も思わないよなあ。あれも才能の一つだ、きっと )

 スザクはふふ、と笑みをこぼした。震え、乾いた笑みだったが、笑みは笑みだ。やせ我慢でもいい。何でもいい。いつものように笑えばいい。
 しかし、あの人たちを思い浮かべると必然的にたどり着くのは。

( ランスロット… )

 現在のスザクの最大の武器と呼べるもの。スザクの軍内における存在価値のすべて。そして人殺しの道具。あれに乗り、スザクは己の信念と共に敵を屠ってきた。
 ただ無意味に狩ってきたつもりはない。敵とはいえ、無闇に命を奪うのは己の主義に反する。だからなるべくなら、敵でも生かして、生きていて欲しくて。それでも犠牲者は生まれる。
 何かを手にすれば、それ相応の対価が望まれる。
 それが、この自然の摂理。世界の絶対法則。
 何かが生まれる代わりに、何かが壊れる。
 そんなこと、昔からわかっているはずなのに。

( 俺は弱い )

 “今日”だからと、ここまで不安になることは今までなかったというのに。
 こんなに震えて取り乱すほど、自分は弱い。
 それはきっと、この扉の向こう側にいる人間のせいだと思う。
 再会したから約束をしたから名前を呼び合うから存在を確かめ合うから、無事でいろと言ってくれるから、依存してしまった。心残りができてしまった。ランスロットで敵と戦闘するときに、彼らの影を、特に彼の姿を思い浮かべ、無事に帰らなくてはと思うようになってしまった。
 それがスザクのこころを不安定にさせる。

( ルルーシュ、の、せいだ… )

 ずるずると崩れ落ち、スザクは真っ白な、先ほど自分が破壊せんがごとく叩き続けていた扉にもたれかかったときだった。

「スザク、か? けほっ…」

 がちゃりと、それはあっさりと開かれた。
 スザクが聞きたい聞きたいと焦がれていた人物のかすれ声と共に。
 いつもより弱々しいその声に、スザクはさっと首をあげた。

「なんだ…うるさく叩いてたのお前か?」

 続いて呆れ声。けれど険はない。

「ベルを鳴らせばいいのに。何をやっているんだ、あんな強盗みたいなこと」

 マスクをして上下とも黒であたたかな生地を身にまとっているルルーシュはこほんと咳をした。いつもの白肌は熱のためかほんのり色づいており、目元に力がない。細い細いと思っていた体がいつも以上に細く見えた。
 病人だから、弱っていて当然だ。
 それでもスザクはこころがすとんといつもの位置に戻っていくのを感じていた。
 あたたかなお湯がじわりじわりと湧き出して、満たされていく感覚にスザクはようやく固く強張っていた頬を緩ませる。
 彼の姿と声を確かめただけなのに、すごい威力だ、とスザクはこっそり微笑んだ。

「ごめんね。わざわざ…風邪、大丈夫?」
「ごほっ、こほっ…まあ、熱が少しあるぐらいだ。あと、咳がうるさいからな。だから休んだんだ」
「…少しって、わっ、熱いじゃないか!」

 スザクが立ち上がってルルーシュの額に触れる。思った以上に熱くて、スザクは思わず声をあげてしまい、ルルーシュの鋭い視線を浴びることになる。いつもよりも弱々しかったけれど。

「どこかの馬鹿がどんどん叩いているから起きたんだよ」
「ごめん…動転しちゃって…」
「は? 動転?」
「だってルルーシュが珍しく風邪で休みだから…」
「……生憎と、俺はお前と違って馬鹿じゃないからな。風邪を引くんだ」
「あ、そんな憎まれ口がきけるぐらいには元気なんだね」
「うるさい。お前と、話してると…頭痛が…ひどく、なる…」
「そうだね、ごめん。うるさくして…ええと…サヨコさんは?」
「買い物に行ってくれてる……俺はもう寝るからな」
「ひとりで戻れる?」
「当たり前だ…ここまでひとりで来たんだぞ」
「だって疲れてるみたいだし」

「……」

 誰のせいだと言わんばかりに睨みつけられて、スザクは申し訳なさそうに笑うことでごまかした。そしてお詫びに、とルルーシュの手首をそっと掴み、にこりと微笑む。

「僕が連れていくよ」

「…は…?」

 ルルーシュがなんだと胡乱に振り向いたときには、もう遅かった。
 スザクは易々と彼の脇と膝の裏の関節に手を差し込み、そのままぐいと持ち上げる。

「んっ」
「!!」

 ルルーシュの呆けた顔が、ぐんと近くなる。
 そんなルルーシュにスザクはにっこりと笑いかけてから、呆けている彼を抱いて、すたすた歩き始めた。そこでやっとルルーシュが自分の置かれている状況を理解し、抗議の声をあげる。

「な、な、何をやっているんだお前!!」
「えーと、抱っこ?」
「馬鹿! お、おろせ! っつ」
「黙ってないと、頭が更に痛むよ」
「なんだって、こんな…俺は女じゃない!」
「知ってるよ。でもこれは君に一番負担がかからないし」
「それなら背中に負ぶうのでも構わないだろうが! というか、別に運んでもらわな、くっ…ごほっ」
「ほらほら。病人は黙って」
「お、お前の……せぃ……だ……ごほげほっ」

 頭痛が相当ひどいのか、咳き込んだあとルルーシュはぐったりしてスザクの腕で暴れるのをやめた。どうやら諦めたらしい。眉を寄せていてかなり不機嫌な様子だが、スザクはご満悦といった表情で、すいすいと歩みを進め、ルルーシュの部屋までたどり着く。
 そして部屋に入ると、ルルーシュのベッドにそっと壊れ物を扱うように彼を横たわらせた。ブランケットを肩口まで寄せると、ルルーシュはようやく人心地ついたのか、体の力を抜いた。
 けれど休む間もなく、ルルーシュのひとみはスザクに真っ直ぐ向けられる。

「ごほっ、俺の、見舞いに……来たんなら、もう帰れ、ごほっごほっ」
「来て早々なのに…」

 スザクの苦笑に、ルルーシュはシニカルな笑いを浮かべて見せる。

「げほっ…大事な、出席日数が…更に減るぞ」

 学園生活はスザクの日常から非日常へ還ることのできる場所。
 確かに義務感もある。通わせてくれるのだから、といった負い目、責任感。だが、それだけではない。
 スザクにはこの学園生活に不可欠なものがあった。

「……出席日数よりも、君の方が何十倍も大事だよ」

 ひっそり落とされたことばは、ルルーシュの辛そうな咳でかき消される。

「げほげほっ…? 何か…言ったか…?」
「ううん…無理させてごめんね。寝ていいよ」
「言われなくても……眠る。邪魔、するな」
「うん、わかってる」

 透き通った紫紺が閉じられる。
 ベッドのそばにある椅子にこしかけ、スザクはルルーシュの傍に付き添い、彼の顔を見つめた。
 白い肌だ。何の傷もない、なめらかな肌だ。
 内にいくつも傷を抱えていようともそれを表に出そうとはしない、気高い人だ。自分なんかよりも、ずっとずっと崇高で尊い存在だ。
 それにそっと触れたくなった衝動を抑えて、スザクは目を細め、ぎゅっと拳を握り締めた。

「……スザク」
「…どうしたの? 何か欲しいものがある?」

 ブランケットから、彼の雪のような手が抜け出してきた。
 紫紺は閉じられたままだった。

「…手を出せ」
「…? うん」

 よくわからなくとも、スザクの硬い手がルルーシュのそれに触れる。その瞬間きゅっと力が込められたと思ったら、スザクの手は白い手に包まれていた。
 驚いて、呆気にとられた顔をしたスザクは握られた手を見て、次にルルーシュの顔を見つめた。ルルーシュの表情は変わらない。
 その代わりに、くちびるが動いた。

「………無理はするな…」

 言われた瞬間、動揺して強張る手をルルーシュが握り返してくれる。
 優しく包み込んでくれる。
 そのおかげで、彼の平温以上の熱がしっかり自分に沁みこんでくる。

「……それ、僕の台詞だろう。君のほうが無茶したんじゃない?」

 それでも悟られたくなくて、わざと茶化した。
 ルルーシュは何も言わない。ただ優しく握っていてくれるだけだった。
 

「…傍に」


 いろ、いてもいい、いてくれ

「ルルーシュ…?」
「……」

 その先を言うことなく、ルルーシュはやや苦しそうな寝息を立て始めた。
 今のスザクとのやり取りは彼の負担になっただろう。赤くなった頬はスザクの目に痛々しかった。安定していない呼吸がそれをますます増長させる。
 スザクは自分を責めた。何故、彼の苦しみを助長するようなことを、と。“見舞い”に来たと言ったではないか。来るべきではなかった、彼を思えば。本当に彼のことを思いやれば、そっとしてやるべきだった。少なくとも彼の様子を伺わず、彼に玄関まで歩いて来させるべきではなかった。
 しかし、こころの底ではここに来たことを後悔などしていない。

「…はは…」

 まったく自分本位なことが笑えてしまう。

「何で君にはわかっちゃうんだろう……」

 問いかけても返答するべき人は体を休めるために、眠りについている。

「…僕はまた嬉しがってる…」

 君のせいで僕は混乱してる。不安がってる。


 それでも君がそばにいてくれるなら。


 それでいい。



 スザクは静かにひとみを閉じた。




 今日は別に何でもない。
 初めてこの手でひとを殺した日だった。





白がかくさないもの