※ いかがわしいギャグテイストです。
それは特別でも何でもないある日の放課後のことでした。
つんつんくせっ毛で蒼色の髪を持つ生徒会役員リヴァルくんは多少上機嫌でクラブハウス内にある生徒会室へ向かっていたのでございます。何故上機嫌かというと様々な要因があるのでございます。たとえばちょいと憧れている生徒会長、眉目秀麗ナイスバディなミレイさんからちょっとした差し入れを貰ったとか、当てられた数学の問題が自分でも不思議なぐらいすいすい解けて皆に誉められたとか、一番の友人であるルルーシュに今度の日曜に遊ぶ約束を取り付けられただとか、仲間内での賭け事―シャーリーに大目玉をくらうのでこっそり行われている―で大穴狙いで圧勝して懐具合―彼の名誉のために言っておくが、けして大きい額ではない―がいいだとか…そんな何でもない、ごくごく普通だけれどどこか温かい要因が積み重なって彼の機嫌が上向いているのでございます。蒼空に向かってぱたぱたとたなびいている洗濯物のように、爽やかな足取りでリヴァルくんはとうとう生徒会室の前までやってきました。
ミレイ会長はヤボ用で遅れると連絡があるし、シャーリーは水泳部の部会があるのでやはり遅れ、ニーナは本国からやってきた著名な物理学の教授の講演会が開かれるとのことで今日は一日休み、カレンはいつも通り体の具合がよくないのか今日は早退していました。
だからリヴァルくんの頭には紫紺の伶人ルルーシュくんとほわほわふわふわな笑顔を振りまくスザクくんがきっと生徒会室にいるだろうと思ったのでございます。
あ、生徒会の男同士だけなんてもしかして初めてじゃん? と思いながら、生徒会室に入ろうとした、そのときでした。
「ひァっ!」
ぴしり、とリヴァルくんの体は石のように強張りました。実際、満面の笑顔までかちこちに固まったと、その後彼は言ったそうです。
( だれの声だよ。え、マジに誰の声。誰の声だよ。え? なに、俺間違えた? 間違えちゃった? ん、いやいやここは生徒会室って )
「ぁッ…ん…!」
( え、マジこれ。これなにこれなにこれなにこれなに。今、俺幻聴を聞いちゃった? え? すっげー俺ってば立ちながら白昼夢だよ。ヤバくねえ? うんヤバいよ俺! )
扉の奥、つまり生徒会室から漏れ響いてくるのは…誰かの、男の、所謂嬌声らしきものでありました。ちょいと、いえいえ大変色っぽい声でございました。リヴァルくんは瞬間、二日前に見たAV女優の喘ぎ声を思い出してしまったくらいでした。
しかも、同時に彼の頭はその声の正体を、結び付けたくない誰かさんと結び付けてしまったようでございます。
本気でリヴァルくんはその場から動けなくなりました。もちろん中の様子を聞きたいわけではありません。けして聞きたいわけではありません。生徒会室の扉は手動ではなく自動式。リヴァルくんが下手に動けば、すぐに扉はいともたやすく開いてしまうのでございます。所謂、ご開帳になってしまうのでございます。中の様子がリアルに目に入ってしまうのでございます。
だんだんとリヴァルくんは嫌な汗が伝い始めるのを感じていました。
「……ん…と……」
もう一人の声の登場です。しかも、男です。
でもリヴァルくんは知りたくありませんでした。
中の様子を想像してしまう自分がひどく嫌でした。困りました。何故なら中では男と男…アブノーマルは知識を持っているだけで十分で入り込みたい世界ではないのでございます。そうです、そうです。知識だけで精一杯、何やら自分の友人たちが妙に仲がよくて怪しいなと感じることはあっても生々しいことは考えたくないのです。
「ちょっ…いきなりするな!」
「ごめん…でも早くしてやりたくて」
「それにしても…っ!バカ!ち、力が強い…!」
「ここ?」
「っや、やめっ…」
「ここかな?」
「うあッ」
「ここだね……えーと」
「するなら早くしろ!…まったく恥ずかしい……」
「それにしてもルルーシュってば……かわいいなあ」
「なっ!?」
「だって……ね」
「ひっ…やめろっ!」
「でも気持ちいいだろ?」
「う、うるさい…するならしろって…」
「素直じゃないんだから…大丈夫、お待ちかねのものは今から」
「さっさとしろよ……ったく…」
「大きいのでいいの?」
「………早くしろ」
「わかった」
「……」
「つ…冷たい…」
「仕方ないだろ?ルルーシュのためなんだ」
「わ、わかってるが……んっ」
「もう…そんなに我慢できないの?」
「言うなッ…腹の立つ奴…っ!」
「それお願いしてる人に言う台詞?」
「………あッ…」
「…ほら」
「意地の…悪い…! それ、に別にお願いなんて…」
「そうかな? 僕がしてあげなかったら後で辛い思いをするのはルルーシュだよ?」
「!!」
「わ…でもやっぱりすごいね……ここまでなるなんて、初めて見たかも」
「…本気で腹立つな…黙ってしろ!」
( NOOOOO! これ何のイジメぇぇぇぇぇ? )
リヴァルくんの許容範囲が越えてしまったようでした。
ぷしゅうと風船から空気が抜けるのと同じように固まっていた体からがくりと力が抜けて、今まで堪えていたリヴァルくんはその場にへなへなと座り込んでしまったのでございます。
しゅん、と生徒会室の扉が、リヴァルくんの努力を嘲笑うかのように呆気なく開いてしまった瞬間でもありました。
「まずい! 会長か…?」「あ、ルルーシュ。服を着なくちゃ…はい」「…フン!」「意地っ張りだなあ…」などという会話が雲のようにリヴァルくんの頭上を漂ってきます。ダメ押しな感じが、またリヴァルくんの思考能力を奪っていきました。
「ん? リヴァル…か?」
「本当だ。どうしたの? そんなところに座り込んで…」
そのままへたりと座り込んでいるリヴァルくんのもとへちょっと着崩したルルーシュくんが―先ほど色っぽいお声を出していたお方だ―その長いコンパスで近づいてきます。
「……激しくヤバいものを聞いてしまった…」
「どうしたんだ?」
「うわっ……」
至近距離に迫ってきた美形の顔に驚いて、放心状態からリヴァルくんはちょっとだけ立ち直ります。見ればルルーシュくんの秀麗な顔が心配そうに見えました。へたりこんでいるリヴァルくんを心配してくれているようです。後ろからやはり同様に心配そうな顔をしてくれているスザクくんがやってきました。
「?何だよ…」
「………」
リヴァルくんは覗き込んでいるルルーシュくんの顔を直接ずっと見つめることができず、ゆっくりと顔を背けます。やはり、今しがたしていた彼らの行為を思えば正常な判断といえましょう。ルルーシュくんのお顔がほんのり色づいていたような気がしてやはり直視できません。そしてそんなリヴァルくんの行動にスザクくんは何を思ったのか。
「もしかして気分が悪い!? なら、すぐ横に…」
「い、いいやあ、あの別にね気分が悪いとかじゃなくて! そのお…お取り込み中だったみたいで…」
「取り込み中?」
ルルーシュくんは怪訝そうに問い返しました。そして、思いついたようにはっと息を呑みました。
「…あっ…もしかして今の…聞いてたのか!?」
「あっいやまあ聞いてたと聞かれたら聞いていたというか聞いていないかもしれないというか」
「オイ、今のこと会長には絶対に黙ってろよ!? …あの人に聞かれたら散々からかわれるに決まってる…」
「そんなルルーシュ、大げさじゃない?」
へらりと笑うスザクくんにルルーシュくんは猫が毛を逆立てるような剣幕を向けました。そのひとみはちっとも穏やかではありません。一種の恐怖が滲んでいます。
「馬鹿! 大げさじゃない…! あの人は人の弱みを握るのが大好きなんだよ!」
「そうかなあ…」
「そうだ!お前はいいかもしれないが俺は切実なんだよ!」
「僕だったらかまわないけど」
「お前は体力バカだからな」
どんどんふたりの世界が作り出されていきます。その空気に耐えられず、若干及び腰になりながら、リヴァルは懸命に笑顔を浮かべました。かなりわかりやすい作り笑いです。冷や汗が先ほどから止まりません。
何なんでしょうふたりのこの温い世界は。
「……ルルーシュ…」
「ん?」
ルルーシュくんの綺麗なひとみがずりずり後ずさりしているリヴァルくんを捉えました。
「……い、いや…いいんだぜ? 俺、だ、誰にも、い、言わないし…ね…ルルーシュとスザクが…ね」
「…?」
「僕とルルーシュが?」
「……その……いや…あはははははは」
「?」
「前々から怪しいなあとは思ってたけどただ単に仲がいいだけってでもまさか本当に身近にそういうやつらがいるとは思えなくてさいやこれ偏見とかなんというかそういう奴じゃなくて衝撃が強いっていうか刺激ありすぎっていうか」
金魚のように口をぱくぱくさせて、リヴァルくんはあらぬ方向を見て饒舌な口をいつも以上に動かします。リヴァルくんは半ば自棄でした。そうしなきゃやってられないようでした。同性同士気持ち悪い、友情が壊れるかもなどではなく、それ以前の問題でリヴァルくんは衝撃を受けていたのです。当たり前といえるでしょう。
そんなリヴァルくんの様子をルルーシュくんはつぶさに見ていました。彼はリヴァルくんの様子が明らかにおかしいと思いました。何故そんな及び腰で、自分たちに怯えているのか。いつもの彼からは想像もつきません。
そしてしばらくリヴァルくんの言動や先ほどのことを考えた後、ルルーシュくんはある考えに行き着いたのでございます。
それは、ルルーシュくんにとっても決して名誉といえることではありませんでした。
「なあ…リヴァル…お前まさか…何か誤解してないか?」
「誤解?」
ぴくりとリヴァルくんは反応しました。
「俺たちは別に…や、疚しい…ことはしてないんだからな…」
「疚しいこと……」
「疚しいこと? 誤解するようなことなんてしたっけ?」
「ああ、してないよなっスザク!」
可愛らしく小首を傾げるスザクくんにルルーシュくんは激しく賛同を促します。スザクくんは彼特有の不思議な魅力を持つ笑みを浮かべて、こう言いました。
「うん。僕はルルーシュに当然のことをしたまでだよ。最初はルルーシュも恥ずかしがって嫌がってたけど最後は合意の上だから。最初は痛かっただろうけどね。あ、今も痛いかも。大丈夫? ルルーシュ」
「……」
「……」
あまりの発言に二人は絶句します。
「おまっ空気読め!!」
しかしルルーシュくんがいち早く復活しました。そしてそんなルルーシュくんの日に焼けていない高貴な白い顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まっていました。
「ルルーシュ…お…俺は……その……お、おう、応援する…からっ!!」
「やっぱりまだ勘違いしてるな!? 違うと言ってるだろう!」
「よかったね、ルルーシュ。もっと頑張らなくちゃ。僕そのたびに何度だってしてあげるよ」
「さっきから誤解させるようなことを言うなこの天然がァァァァ!!」
「え? 何でルルーシュそんな必死なのさ。事実だろ?」
「事実だけど事実じゃないんだ! 察せ! なあ?察してくれよ!」
「ルルーシュが我慢するからいけないんだろ? まったく…ルルーシュは僕がいないとだめなんから」
「お前はもう黙ってろぉぉ! 頼むから!!」
そんなこんなでルルーシュくんは軍人であるスザクくんの前頭部にいつもは発揮されない運動神経を発揮し鋭いチョップを加え、いたたと唸っている間に逃げようとするリヴァルくんを捕まえて、生徒会室に連れ込みがっしり掴みながら、ようやく説明することができたのでした。
「で…ルルーシュは昨日の2限連続体育の授業のせいで腰までくる筋肉痛だと」
「……そうだ」
「それで湿布の匂いでナナリーに心配かけるのがいやでっていうかかっこ悪いのを知られたくなくて張ってなかったけどスザクにやせ我慢がバレて今、無理やり張られマッサージもやられたと」
「まあ、そんなところだね」
「屈辱だ…!」
「朝から変だ変だとは思ってたんだけどね、ルルーシュってば近づいたら逃げるからさ。放課後になっちゃった」
「……お前がすごい勢いで近づいてくるからだろうが…まったく余計なお節介め…!」
「でも大分楽になってきたんじゃない? 凝りをほぐしてあげたし」
「……」
「なあーんだ! 俺てっきり君たちができちゃってるのかとさァ」
「へえ……」
「馬鹿が…何でそうなる? 俺たちは友人で男同士だぞ? 誤解の余地もない…」
「ルルーシュがあられもない声を出しちゃってましたから? もう、ルルちゃんてば色っぽいなあ」
「うるさいっ馬鹿なことを言うな! と、とにかく会長には絶対に言うなよ!?」
「はいはい」
「でも僕は別に誤解されてもよかったっていうかむしろ誤解されたままでよかったけど」
「…………」
「……お前…空気読め」